2007年01月29日

近藤等則ブログ連載 第4話

第4話

アフリカの大地に雨を降らせた数日後、オレはワシントンのペンタゴンの一室にいた。女の色香にまんまとだまされたのだ。雨を降らせた日の夜、アメリカ人の女の子に言いよられた。
 
「今日の昼間の演奏素晴らしかったわ。平和部隊できてるんだけど、明後日からオフでニューヨークに帰るの。一緒にニューヨークに行かない?」

彼女のニューヨークのアパートで眠ったところから記憶がない。

「我々はきみのトランペットに非常に興味がある。トランペットで雨を降らせたと言うが、その秘密を我々は科学的に解明したい。天候を左右できるということは、人の深層に働きかける力を持っているということでもある。情報コントロール、軍事的利用、イヤ何よりも平和利用のため、我々はきみに全面的な協力を要請する。もし、イヤなら、君は近々交通事故死するかもしれない。」

と、ペンタゴンの一室で白人の男に言われた。隣にあの女がうすら笑いを浮かべながら立っていた。チクショウ、CIAの女だったんだ。

数日間、どでかい部屋でトランペットを吹かされ、あらゆる音響データをとられた。オーム真理教のヘッドギアまがいのものを頭につけられ、各チャクラにも電極のようなものをつけられた。

「これで実験は終わった。協力ありがとう。君はここでのことを口外しないように。実は君の体に極小チップをうめこんだ。これで君の居場所を我々は情報衛星でいつでもつかむことが出来る。いい旅を」

と、東京までのair ticketとドル紙幣の入った封筒を渡された。


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2007年01月16日

近藤等則ブログ連載 第3話

第3話

1981年の夏、初めて中国へいった。
義理の兄のさそいで、京都の呉服問屋のグループと共に、上海→蘇州→杭州→上海と廻った。上海最後の日、ホテル近くの中国伝統楽器店で、オレはチベタンシンバルを手に入れた。
「中国がチベットに侵攻した時、若い兵士がラサのチッベト寺院から勝手にもって帰ったものです。お客様なら買っていただけるか、と思いまして」
と、その店のボスが古びた新聞紙の包みからチベタンシンバルを取り出した。ホテルの部屋でチベタンシンバルを手にすると、UFO型の内側の窪みがホコリで汚れていた。ふきとると、文字が見えた。

 「松五郎」
オレのひいじいさんの名前じゃないか。 
「あんたのひいじいさんの松五郎さんはねえ、波止浜の塩を大阪まで運ぶ船をやっとたんよ。その船である日でていったっきり、帰ってこんかったんよ。あんたは何かひいじいさんに似とるけん気をつけにゃいかんよ」
と、小さい頃おふくろに言われたのを思い出す。
曾祖父はチベットのラサにいって、チベット仏教僧になったにちがいない。
オレの体の奥深くから、「ラサへ行け」という声がきこえた。
上海から鉄道とヒッチハイクで2週間後、ラサにたどりついた。
外国人観光客がラサに行くのは禁じられていたので、オレは人民服を着て中国少数民族系になりすましていた。あてもなくラサの道をブラブラしていると、突然チベット人の老婆に声をかけられた。まじまじとオレの顔をみながら、口に出したのはたどたどしいが、日本語だった。

 「あなた、コンドーか」
びっくりして、うなずくと、
 
 「ついてきなさい」
ラサの丘の中腹にある質素な家に入ると、たなの上の古びた木箱から手紙を取り出して、オレに渡した。
「その手紙は松五郎からあなたへのよ。わたしは松五郎の娘。”きっとヒ孫が来るから、この手紙をヒ孫に渡してくれ”といって松五郎はなくなったのよ。」

手紙をあけた。

「ヒ孫よ、よくラサまで来た。オマエの想像通り、瀬戸内海から抜け出して中国沿岸に着き、そこで船を売って馬を買い、ラサまできたのじゃ。ワシがチベット仏教僧になったのは、チベット仏教音楽にひかれたからじゃ。そしてある秘密にたどりついた。太鼓の文明から伝わる“聖なるメロディ”がある。チベット仏教音楽の中にはその1/5が伝わっているが、あとの4/5が行方不明なのじゃ。オマエはこれからますます世界を旅することになるが、それは失われた4/5のメロディを探し出す旅なのじゃ。オマエの旅が成就するよう、ワシはいつも祈っておる。 松五郎より」
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2007年01月05日

近藤等則ブログ連載 第1話&2話

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第1話

ある日、"Live Aid"の実況TVをみていて、ラブソングばかりで、「雨、雨、雨よ降れ」と"雨乞いの唄"を歌うヤツは誰もいなかった。
アフリカの飢饉を救うのは、雨を降らせることだろう。オレはガールフレンド達から借金して、アフリカに飛んだ。
空海は真言を唱え護摩をたいて雨を降らせた。電離層のエネルギー状態を変えることかできれば、稲妻がおこり、雨が降る。オレのラッパの振動が電離層までとどき、作用するかどうかだ。
ラッパの音が月面からはねかえってくるような奏法を求めて、満月にむかってラッパを吹いた頃があった。
アフリカの乾ききった大地の真只中で、空にむかってオレはラッパを吹き始めた。
音楽が人の心と感応するように、自然と宇宙と感応する音があるはずだ。




第2話

1983年だったか、Globe Unity Orchestra でイスラエルをツアーした。
エルサレムでの翌日、旧市街を見て廻った。
聖墳墓教会に入ると、十字架に祈りを捧げる順番を待つ人の列が目についた。オレもならぶ。オレの番になり、十字架を見上げるとあまりに生々しく痛々しいイエスの像が目に入った。
"Jesus, let's have a drinke."
と、思わず祈った。
すると、イエスの声がきこえてきた。
「ワシは2000年近く十字架にかかっておるが、酒を飲みにいこうとさそってくれたのはオマエが初めてじゃ。よし、飲みにいこう。」
十字架からおりてきたイエスと午後の旧市街を歩く。主人以外は誰もいないバーに入り、赤ワインを注文した。
青白いイエスの顔がだんだん赤みをおびてゆく。オレは嬉しくなって、イエスに捧げる唄を作った。

  私のあの人 とても素敵なの
  だって世界を救うため
  生まれたの
  私のあの人 とても激しいの
  だって愛を示すため
  十字架に
  私のあの人 とてもやさしいの
  だって2000年前に会って
  いまでもそばにいる
posted by 近藤等則 at 08:39| Comment(7920) | TrackBack(0) | 近藤等則ブログ連載 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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